そのために随筆「薄夜」
またもや終わりが近いのを知らされる。昨日とその前、頭蓋骨をうつ鳴る音を聞いた。
妻が転倒した。そばで2・3回やっているがなんとも悲しい音だった。
もう少し時間をくれないかと自分に問う。
なんのために必要なのか、妻に、人生は幸せだったとそう思ってほしい。
人は苦しみながら生きる。妻もそんな人生だったと聞く。
それなら私のそばで日々は幸福だけにしてほしい。それをやるために妻になってもらった。
六年間はそのためにあった>
だが人間は工場で造る耐用年数のあるものでない。ましてや心という幻にちかいものを持っている。妻の頭蓋骨のたてた音ははじめてきくが、ただ悲しい。