随筆「薄夜」
母と妻
「こんなの、生きてないほうがいい」
このあいだ妻が言っていた。脳の働きに苦しめられているのだろう。どんな終わりにせよ、その日まで地獄はつづくだろう。
私の母は二年間それをやっていた。人生で大事なのはこの二人しかいない。娘がこんなふうになれば3人目になるがそれはないと思う。
母の時代にはまともな疼痛治療がなかった。痛みだけでも取り除けはあんな死に方はしなかっただろう。二年間そばにいた小学生には地獄の光景であった。
大事な妻に何もしてやれない、
私には苦しむ人間を死なせてやろうという考えはないが、
「なんでこんなにしんどいんやろう、何も悪いことしてないのに」
あのとき、母を死なせてやれば、と、二年間というあの長さを思う。あんな長い苦しみで人間が死んでいくのは間違いであろう。私には絶対やれない。
生きてないほうがいい、七年目で初めて聞いた。口からでた言葉はそうだろうが、妻はながい年月こうであったろう。このあいだも手首と首筋を刃物で切ったが帯広でもやっている。むこうで傷あとの原因も聞いた。説明はできないようだった。このあいだのも一緒である。外からの理由でなく脳の仕業であろう。
まだ機能する脳と、こんなことをやらかすそれと、その二つに妻は苦しんでいる。
何十年前の母といるようだ。