大事にされなかった生き方、大切に守られる女

世間のどこにでもある女の人生、泣き笑いしながらのそれを書く

随筆、詩を書こうと思います。
大事にされなかった人生、大切に守られているいまの人生、明日はわからないけれど、それを書くこの作品は残そうと思います。

くらやみ

ゆき雲

10代の頃、自律神経失調症になり、不整脈も発症する。

今思えば、夜のお仕事に就いたその頃から、おかしい頭が余計おかしくなった。

育児放棄、家事全般もできず、32歳、仕事を辞めてやっと家の中が綺麗になり子供も喜んだ。

今までの埋め合わせのよう、いろんな料理も作れるようになり親としての自信がつく。

だが頭はおかしい、夜でもなく昼でもない眠りつづける。どこにいるかわからない。気が狂いそうになる。

布団から這いずり出て病院に行った、最初は近くの内科に行き事情を話し診てもらう。

うすうす解かっていたが、うつ病だよと言われショックだった。

何年か通院するも回復ならず、音更にある精神科専門の緑ヶ丘病院を紹介され通院する。

診断の結果うつ病と言われる。(これは結婚後の二十数年たってから主人が診断書を取った。そこにはうつ病と思えないこう書いてあった)

月2回バスで片道30分、けっこう大変、病院に行くだけで疲れ、何時間も待たされイライラする。

煙草が吸えた、他の患者さんと椅子の取り合いになったが、時間はつぶせた。

食事わりにエンシュアを1箱、山盛りの薬にため息がでた。

担当の先生が独立、帯広市内に移り通院が楽になる。


37歳、生理になり異常な出血が続き慌てて婦人科に行く、子宮筋腫になり手術を受ける

生理が無くなり身体が楽になった。


何年かたったある夜、生きているのが嫌になり、睡眠薬と安定剤を全部飲み自殺しようと、とっさに思い両手首、首筋カミソリで何度も切りつけた、発見が後30分遅れたら死んでたらしい。


ここまでは四十年ちかい人生だった。仕合せというのを知らない、産まれてきたことの感謝などない、帯広の町、そんな暗闇を歩いてきた。


藤本明美

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