随筆「薄夜」
にがい土地
過ぎた日は今もかるい頭痛になってあらわれてくる。どれを告白すれば無罪なのか、しかし、何をやっても罪ある人生であった。持って生まれた本能がそうしたのだろう。
いろいろあったが、それは随筆「冬海」に書いたものもあるが、出版社は実名で書き換えたらどうですかと提案してきたがこれはできない。そこに出てくる人物には関係のない出来事であるからだ。
わたしは私の事を告白し書いている。私がいなければ起きなかった出来事だ。
私は人からよく言われた「あんたは何事もない水をかき混ぜおおごとにする」、この言葉は記憶にのこる。「東京に二人といない男だ」、そのレッテルも張られた。大陸の半島にある国はいまでもロケットをこちらに飛ばしてくる。あれの出来事はいまでも書かない。日本国のコンピューターには打ち込まれているのだろう。
ひとつの人生にはいろいろある。この日本でも行ったことのある土地はそこそこある。それを地図で見るなりテレビでそこを見かけたりすると苦い思い出しかでてこない。東北や北海道にほとんどそれがないのは、人生にはそこまで行く時間がなかったからだろう。行っていればそこも苦い土地になっただろう。
なんでそんなことになったか、もう書きたくない。北海道・帯広には妻になってくれた人がいまもそばにいる。この人のことは作品一つくらい書いた。
でも、帯広の土地が苦かったのか甘かったのか今はわからない。それが解かる日までは死んでいなくなるほどの時間がいるだろう。
過ぎた時間に何が起き何をしたのか、これを知るには長い時間がいる。私には思い出したくもない時間だが記憶はなんとかできるものでなく、どうぞ、なんでも現れてくださいと自然体でいる。